京都の雪景色まとめ 幻想的な美しさを

強烈な寒波が日本列島を覆い、京都では今年はじめての積雪となりました。ツイッター上では普段とは違う幻想的な社寺の風景がおさめられ、その美しさが話題となっています。16日現在もまだ降り続いており、まだまだ警戒が必要なレベルの地域もありますのでご注意ください。

金閣寺

金閣寺・おまけ

伏見稲荷大社

東福寺

京都御所・拾翠亭

龍安寺

仁和寺

清水寺

知恩院

高台寺

銀閣寺

安楽寺

法然院

圓光寺

詩仙堂

南禅寺

貴船神社・ライトアップ

大原・宝泉院

嵐山・竹林

下鴨神社

受験生のみなさま、雪のなかの受験おつかれさまでした。2017年もトコトコトは京都の町を駆け抜けますので宜しくお願いします。

日本三大祭「祇園祭」の歴史

日本三大祭にも数えられる日本を代表する祭りであり、京都三大祭りの一つである八坂神社の祭礼「祇園祭」。七月の吉符入りにはじまり、約一ヶ月にわたって数多くの神事・行事が行われます。駒方提灯に灯が入り、鉾や曳山で祇園囃子が奏でられる「前祭宵山」(14~16日)そして「後祭宵山」(21〜23日)市内中心部を巡る「前祭山鉾巡行」(17日)、勇壮な「神輿渡御」(17日夕刻)、「後祭山鉾巡行」(24日)など見どころは山ほど。特に前祭宵山、後祭宵山では、山鉾町の飾り席にご神体の人形や豪華な装飾品の数々が飾られたり、民家でも秘蔵の屏風などを目にすることができるなど、町は祭り一色に染まります。

今から1142年前の貞観869年。京都の町では疫病が大流行し、大勢の死者が出る悲惨な状況でした。この世に恨みを残して亡くなっていった人々の怨霊が原因と考えれられ、当時の人々はこの病を神仏に祈願することでこの病気を収めようとします。そして、国の数にちなんで66本の矛を聖地「神泉苑」に立て、さらに祇園社の神輿を担いで参集しました。町を練り歩き、祈祷により怨霊を慰めることで疫病退散を祈った「祗園御霊会(ぎおんごりょうえ)」と呼ばれる鎮魂の儀式が、祗園祭の起源とされています。

その後、疫病が流行った年だけ行われていましたが、やがて毎年開かれるようになります。平治の乱や応仁の乱によって中断はあったものの、町衆によって再興され、桃山時代あたりから豪華に装飾されるようになってきます。そして、各山鉾が装飾を競い合い、豪華絢爛さに磨きがかかって「動く美術館」と言われる今の形になったそう。

コンチキチンの祗園ばやしは能楽の影響を受け、室町時代の末には成立、江戸時代には今日のようなものになったと言われています。楽器は鉦、太鼓、笛に限られ、幼少のころから鉦方(かねかた)の稽古をはじめ、成人してから太鼓方や笛方になるのが一般的だそう。囃方の数は鉦方8人、笛方8人、太鼓方2名が基本ですが、巡行の際には交代要員を入れて約40名が鉾に乗り込んでいます。曲目は30曲余りあり、それぞれの山鉾独自のものといわれます。そして、忘れていけないのが疫病災難よけである「粽(ちまき)」。邪気を払い、厄病や災難よけのお守りとして作られ、八坂神社や山鉾町で分与されます。各山鉾ごとに異なり、それぞれの特色があるこの粽ですが、中身は入っていません。翌年の祗園祭まで門口に吊るして、疫病や災難除けとするのが一般的です。

京都に住む人にとっても祇園祭は特別なお祭りです。今年もたくさんの人に祇園祭を楽しんで欲しいと願っています。