鬼女伝説の縁切井戸「鉄輪ノ井」

京都には悪縁切りで有名なスポットが数多くあります。有名なのは「貴船神社の奥宮」「安井金比羅宮の縁切石」「法雲寺の菊野大明神」などですが、この「鉄輪社の鉄輪ノ井」(あるいは鉄輪井)も知る人ぞ知る悪縁切りのスポットです。

「鉄輪社(かなわしゃ)」は住宅地の中の路地に町の氏神としてひっそりと建っています。右脇には林亀商店、さらに先にはディーズファッション専門学校がある通りです。どうにか探し当てたら、まずは勇気を出してこの引き戸を開けます。

さらに不安になりながら狭い路地を進みます。私道なので静かにしましょう。

小さな鳥居をくぐると、正面に「倉稻魂神(うかたのみかみ)」を祀った「命婦稲荷社(みょうぶいなりしゃ)」があります。夫婦円満と良縁結びのご利益があります。その向かって左手に手水、向かって右手にあるのが「鉄輪大明神(かなわだいみょうじん)」を祀った「鉄輪社」で、その右にあるのが「鉄輪ノ井(かなわのい)」です。

平安時代。下京区に住む女が自分を捨てて後妻を娶った男を恨み、貴船神社で丑刻詣(うしのこくまいり)をした。すると「鉄輪の足に火を付けて頭に被れば鬼になれる」というお告げがあった。女は毎晩のように鉄輪を被って丑刻詣を行い、恨まれた男は毎晩の悪夢に苦しみ続けたので、安倍清明に祈祷をしてもらうと、いきなり鬼女が現れて男を連れ去ろうとする。しかし清明が鬼女を追い払う。呪詛返しされた女は自宅の井戸に身を投げて息絶えた。女を不憫に思った町人たちが女の霊と鉄輪を弔って「鉄輪塚(かなわづか)」を築いた。

これは能の演目のひとつ『鉄輪』や同名の謡曲による民間伝承です。そして『鉄輪』も『平家物語 (異聞:源平盛衰記)』の「剣巻」にある橋姫のくだりから作られたと言われています。ちなみに『平家物語』で橋姫(鬼女)の腕を斬ったとされる日本刀「髭切」は実在していて、現在は北野天満宮が所蔵していて国の重要文化財に指定されています。さらに宇治橋の近辺には「橋姫神社」があり、こちらも縁切り神社として有名で、逆に恋人同士や婚礼の際に「橋姫神社」の前を通ったり宇治橋を渡ったりするのは禁忌とされています。

話を戻します。「鉄輪ノ井」のある「鍛冶屋町」は別名「鉄輪町」とも呼ばれていたようです。いつの頃からか「鉄輪ノ井」の井戸水を汲んで、縁を切りたい相手に飲ませると不思議と縁が切れる「縁切井戸」として信じられるようになりました。昔は恋愛結婚よりも縁談結婚が多かったので、女性が自分の嫌な縁談を破談にしてしまいたいときに、この「鉄輪ノ井」に駆け込んだようです。

江戸時代に入ると、どうにも「縁切り」だけでは縁起が悪いということで「命婦稲荷社」が横に祀られることになりました。そして昭和10年に「命婦稲荷社」を再建した際に「鉄輪ノ井」へ屋根を取り付けるための地ならしが行われると、そこから「鉄輪塚」の石碑が発掘されました。そこで「鉄輪社」が建てられ、御神体として石碑が納められ現在に至ります。

現在は地下鉄工事の影響で、井戸水は涸れてしまっているので、井戸水を汲んで持ち帰ることはできません。誰が始めたのか不明ですが、以下のような段取りで縁切りの願掛けがされているようです。参拝の基本的な作法については省略してあります。

1、ミネラルウォーターなど水の入ったペットボトルを持参して「鉄輪ノ井」に供える。
2、「鉄輪社」に御賽銭を捧げてから二礼二拍手して「鉄輪大明神」に縁切りの願掛けをして一礼。
3、供えたペットボトルを持ち帰って、縁を切りたい相手にその水を飲ませる。
4、無事に縁が切れたときは、きちんと「鉄輪社」に御礼参りをする。

とは言え、特に定まった参拝方法があるわけではないらしいので、それぞれに誠の気持ちで参拝すれば良いと思います。わざわざ水を持参したりせず、特定の誰かとのではなく広く良縁結びと悪縁切りを祈って参拝する方もたくさんいます。

取材中にも複数の女性が入れ替わり立ち代わり、ペットボトル持参で縁切り願掛けを行っていました。必死に涙を堪えながら願掛けをしている女性もいました。「鉄輪ノ井」は現在も「縁切井戸」として強い信仰を集めているようです。

鉄輪ノ井・鉄輪社・命婦稲荷社
住所:京都府京都市下京区堺町通松原下ル鍛冶屋町254 (ディーズファッション専門学校から下ルと参道入口)
管理:鍛冶屋町敬神会